アジアの夜を知ってから3ヶ月ほどたった頃。

初めてバンコクを訪れた。

その時は投資関係の話があったのだが、
言うまでもなくそれ以外の時間は遊びに行った。

そして、出会ってしまった。

ラチャダ通りにあるマッサージパーラー、ナタリーで。

 

その姫は入り口近くにいた。

少ない時でも25人以上は姫がいて、そのレベルも高いナタリーだが、
奥まで見ることもせずに入り口で指名してしまった。

席に座って上目遣いで見てくる様子は
日本人の女性と重なって見える。

黒髪にやや丸顔のかわいらしい顔、
典型的なタイ人というよりは日本系の血が入っていそうだが、
両親共にタイ人だという。

日本のアニメが好きで、
日本語を話すことができる姫だった。

Bleachと戦国BASARAが特に好きらしい。

ワンピースの火拳のエースも格好いいと言っていた。
性格のいい姫が多いタイ人の中でも、
彼女は一緒にいて楽しかった。

本当に恋人のように接してくれる。

単純にサービスがいいとか、
行為の相性がいいとか、
そんなレベルではなく心までつかまれてしまった。

行為が終わった後、
添い寝をしてもらっている間、
本当に幸せな気分だった。

ありがちな言葉を使うのなら、
このまま時間が止まればいいと思うほどに。

 

その後もタイのマッサージパーラーでは
数々の楽しい体験をしてきたが、
この時の体験は特別だったと言わざるをえない。

何が違ったかを文字にして表現するのは難しいのが
残念な所ではあるが・・・

 

90分の時間が過ぎ、帰る時が来た。

一緒に一階まで降りて行き、
何度も手を振ってから店を出る。

もう2度と会えないような気がして、無性に淋しい。

さっきまでは天国のような時間だったが、
「別れ」を意識せざるをえなくなった。

あくまでお金のやり取りで成り立っている関係のはずなのに。

それは分かっているのに・・・

 

もう終わろうとしていた20代の最後の恋だった。

夜のデビューから3ヶ月後、
本気で感情を揺さぶられる姫に出会ってしまった。

 

銭形警部がこの場面にいたら、
「いえ、奴は盗みました。あなたの心をです。」
と言って立ち去っただろう。

おじさん同士でそんな言葉をかけ合いたくないので、
とりあえず銭形警部がいなくてよかった。

 

次にバンコクを訪れた時もナタリーを訪れた。

共通の話題を持っておこうと、
マレーシアで戦国BASARAを見てから行った。

Bleachやワンピースは元々読んでいるので、
これでどの話もできる。

もちろん彼女の名前は覚えている。

彼女の前に行って、名前を読んで指名しよう。

前にした話をちゃんと覚えていることを伝えよう。

そんなことを考えながら、店に行った。
しかし、彼女の姿はない。

連日訪れたが、やはり見つからない。

もう店を辞めてしまったのだろうか?

その後も今に至るまで、
彼女の姿を見かけたことはない。

あれからナタリーには何回行っただろう。

回数が二桁になるのは間違いないが、
ついに彼女の姿を見つけることはできなかった。
様々な憶測が頭を駆け巡る。

他の店に移ったのか?

誰かに囲われているのか?

昼の仕事に移ったのか?

結婚したのか?
どれもありえるし、答えは出ない。

店を辞めてしまえば、
彼女を見つける術などないことを痛感した。

それだけの関係だったのだ。

彼女が今、幸せに暮らしているかどうかすら
確認できないほどに希薄な、
ただ一度姫と客として交わっただけの関係。

そして、その時の90分の間に心は奪われた。
一目惚れだったわけでもなく、
文字通り90分の間に気持ちが揺さぶられた。

この短い時間で本気になるとは不思議な話だが、
事実なのだから仕方ない。

結局、20代最後の恋の残像を、
30代に入ってもしばらく追うことになった。

バンコクをたびたび訪れ、そのたびに彼女を探す。

 

あれから2年がたったが、
今でもバンコクに行けばナタリーを訪れる。

この店は姫の質も数も申し分ないし、いい姫が揃っている。

たしかにそれは事実だし、他の店よりも上だと思っている。
ただ、心の片隅では彼女がいることを期待している。

もちろん、頭では分かっている。

これだけ見かけないのだから、もうここに彼女はいないと。

それでもひとかけらの期待を抱かずにはいられない。